在校生向けトピックス

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トイレの説明文

2023.02.11

  • はじめに

・環境づくりをしてきた学園の歴史、その一連の流れの中に今回のトイレの改修があります。これまで様々な改修を行ってきましたが、今回は来客用のトイレの改修に着手いたします。

・環境に配慮した節水。一般的には一回の洗浄水量は13L/回ですが、それが6L/回に減少します。

・節電タイプの設備機器を導入しました。

・鷗友学園の校舎はコンクリート打放しのモダニズム建築の影響を受けた建築ですが、その源流でもある、芸術運動アーツ・アンド・クラフツ運動を創出したウィリアム・モリスの作品をテーマに、アートを盛り込んだ改修も行いました。

 

  • 学園の環境づくり

・SDGs:世界的規模で人間のサスティナブルな環境づくりを目指すのは大きな流れですが、その中で、学校というのはどういう意味があるかということを考えた時、これまで行われてきた20世紀の考え方は、どちらかと言えば、沢山のことを専門的に教え、それを学ぶというのが主流の考え方だったと思います。今もその様な考え方の学校が多いかもしれません。典型的なのが、〇〇大学に何人入ったということにも繋がるのですが、本学園はその様なスタンスは取っていません。さらに言うと単に〇〇大学に何人入れるということ事を目指すのではなく、一人一人が自分にとってやりたいもの、社会のために尽くすには何をどうしたらよいのかを考えられるところ、その中で進路を決定していく。鷗友学園はそういう考えを基調にしています。

・教え込むということよりも、環境をつくり、生徒達がその環境の中で、何を学ぶかを自分で考えていく、自律(自立)或いは、自創(自想)できる子ども達を育て行く、その様な大きな流れが鷗友学園にはあります。

・生徒達が学んでいきたいと思う環境づくりが大きいウェイトを占め、教え込む先生から、環境づくりの先生、これがこれまでの大きな流れだと思っています。かなり先端的に先生方も考えていて、たとえば、元々田んぼだった学園の敷地に対して、一木一草運動、即ち生徒一人一人が草木を持ち寄って今のグリーンベルトを作ってきたりしました。このことは今も毎年5月に植樹祭を開催していることにつながっていて、現在は中学1年生が一クラス一本ずつ木を植えています。昨年(2022年)は、「流れの小径」に桂の木を植えました。桂は、孼(ひこばえ)を含め、1000年の樹、樹齢3000年の桂もあるそうです。

・創立記念式典でこんなお話もいたしました。「あなた達にとって、いい環境で学ぶことは大切なことなのだけれども、先輩たちは鷗友という学校の環境をつくることにも関わってきました。そしてこれからは皆さんが鷗友学園の歴史の中に入っていく。皆さんがこれから鷗友という学校をつくる一人の主人公であることを忘れないで下さい。」

これまで、いろいろな改築、新築を行ってきましたが、今回は、環境に配慮した今後のトイレ改修として一つのプロトタイプを作りたいと考えました。

 

  • 何故、ウィリアム・モリスか?

・本学校舎の建築デザインは、モダニズム建築の影響を大きく受けた日建設計の設計による建物です。そのルーツであるモダンデザインの源流を探りつつ、さらにその時代背景である産業革命から現代につながる大きな流れ、変化の中で、あらためて、一つ一つの作品を鑑賞しながら、次のフェーズに向かう時に必要な何かを一人一人が感じ、思い、考える一つのきっかけになればと願っています。

 

 

  • 作品

 

□1:いちご泥棒  “Strawberry Thief”

デザイン:ウィリアム・モリス1883年

木版、色刷り、インディゴ抜染、木綿

製作社:モリス商会

 《いちご泥棒》はインディゴ抜染に赤や黄色といった藍色以外の色を取り入れた、最初のテキスタイル。

モリスがオックスフォードシャーの田舎の自宅ケルムスコット・マナーの家庭菜園で果物を啄んでいるツグミを題材としている。

モリスが長女のジェニーに宛てた手紙の中には、このパターンのプリントを完成させることへの不安が吐露されている。

完成のためには、各色を個別に染め、刷り、抜くという高度な技術と、比較的長い日数が必要とされ、モリス商会が扱う木綿プリントの中では最も高価なものの一つに数えられる。その甲斐あって、モリス商会において最も人気の高いパターンの一つとなり、現在に至るまでその人気を誇り続けている。

 (出典: https://www.william-morris.jp/works/textile-strawberry-thief.html

 

 

□2:ルリハコベ “Pimpernel”

デザイン:ウィリアム・モリス1876年

木版、色刷り

製作社:モリス商会

 1875年3月、ウィリアム・モリスはモリス商会を再出発させる。

前身のモリス・マーシャル・フォークナー商会の時代から商会マネージャーのウォリントン・テイラーの勧めで廉価な単色刷りを行っていたが、彼の没後、モリスは初期のような多色刷りを再開した。《るりはこべ》もその一つで、全体的な色合いに加え、大きなうねりを持った構成は、同年にデザインした《アフリカン・マリーゴールド》や1874年デザインの《アカンサス》に共通していると言われている。

本作では小さく可憐なるルリハコベの花が力強い葉の中で存在感を放ち、自然に対するモリスのあたたかな視線を感じることができる。

1878年にモリス一家がターナム・グリーンのホリントン・ハウスからハマスミスのケルムスコット・ハウスに移り住むと、《るりはこべ》はダイニングルームの壁紙として使用された。

 (出典:https://www.william-morris.jp/works/wallpaper-pimpernel.html)

 

 

□3:柳の枝 “Willow Bough”

デザイン:ウィリアム・モリス1887年

木版、色刷り

製作社:モリス商会

 

1871年6月、モリスはダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti, 1828-1882)とともにコッツウォルズ地方へ足を伸ばし、ケルムスコット村の端に佇む「ケルムスコット・マナー(Kelmscott Manor)」を賃借した。

ケルムスコット・マナーのほとりにはテムズ川の小さな支流が流れており、素朴な自然が残る周囲の環境はモリスにとってのデザイン・ソースとなる。

本作の制作に関して娘のメイ(May Morris, 1862-1938)は、モリスがケルムスコット・マナーで熱心に柳を観察していたことを、次のように書き残している。

「ある日、私たちはテムズ川に合流する近くの小川に沿って歩いていました。父は葉のフォルムの細部や多彩な様態を指しておりました。その後まもなく、この壁紙が制作されたのです。我が家の柳を鋭く観察した結果から描かれており、ロンドンの多くのリビングルームを緑の葉で囲まれたようにしたものです。」

上方へと枝葉を伸ばす、生き生きとした柳の姿をとらえた本作は、モリス商会を代表するデザインの一つとして知られている。

 (出典:https://www.william-morris.jp/works/textile-willow-bough.html)

 

□4:ヒナギク “Daisy”

デザイン:ウィリアム・モリス1864年

木版、色刷り

製作社:モリス・マーシャル・フォークナー商会

 

芝生を思わせるかのような背景に草花を配したシンプルなデザインの本作は、モリス・マーシャル・フォークナー商会(後のモリス商会)において、絶えず人気を集めた作品の一つ。

本作のデザイン・ソースとしては、15世紀の『フロワサール年代記』内に描かれた壁掛けのデザインが指摘されている。

ひなぎくのモチーフは1860-70年代を通じて、商会のタイルやステンドグラス、刺繍などにも用いられた。

 (出典: https://www.william-morris.jp/works/wallpaper-daisy.html

 

□5:フルーツ “Fruit”

デザイン:ウィリアム・モリス1864年

木版、色刷り

製作社:モリス・マーシャル・フォークナー商会

 

1864年壁紙として発表されたモリスによる初期のデザイン、「フルーツ」。斜め方向に流れがあり隣接する葉が絡みあう複雑なデザインが、12の木版からなるオリジナルのハンドプリント壁紙のスタイルを反映しています。ロンドンのサウスケンジントンにあるヴィクトリア&アルバート博物館所蔵のグリーン・ダイニング・ルームに果実と葉で構成されたよく似た壁紙が貼られています。

(出典: https://morrisworld.jp/collections/fruit

  

 

■補完資料_1:柳に関するあれこれ

 

・柳は挿し木で増え、根が張り河岸の補強としても使われた。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalhs1990/22/0/22_0_33/_pdf/-char/ja)

 

・柳枝工(りゅうしこう)

https://www.hrr.mlit.go.jp/river/kawatuku/ryuusi.html) 

・柳の堤の事例【中村哲がつくる平和】④自立支援 住民育てて技術広げる

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/566355/)

 

・英語の「WEEPING WILLOW」は泣いているやなぎと訳せる。イスラエル人は、柳を竪琴につるし、故郷のパレスチナの山々を思い出しながら自分たちの受難を嘆いたという(バビロン捕囚、旧約聖書・詩編137)。

・空海が中国を訪れていた時代には、長安では旅立つ人に柳の枝を折って手渡し送る習慣があった。この文化は、漢詩などにも広く詠まれ、王維の有名な送別詩「元二の安西に使するを送る」においても背景になっている。「客舎青青 柳色新たなり」の句について、勝部孝三は、「柳」と「留」(どちらも音はリウ)が通じることから、柳の枝を環にしたものを渡すことが、当時中国において、旅人への餞の慣習であったと解説している。「還」と「環」(どちらも音はホワン)が通じて、また帰ってくることを願う意味が込められているわけである。

 (出典:ヤナギ – Wikipedia

 

・万葉集で謳われる柳:

大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)柳の歌二首

「わが背子が見らむ佐保道(さほぢ)の青柳(あをやぎ)を手折(たを)りてだにも見むよしもがも」巻八(一四三二)

「わたしの愛しい人が見ているだろう佐保道の青柳を手折った枝だけでも見る術が欲しいものです」

(出典: http://manyou.plabot.michikusa.jp/manyousyu8_1432.html

 

・茶道では、結び柳(むすびやなぎ):初釜の床飾り。柳の枝をたわめ曲げて輪に結び、床の柳釘などに掛けた青竹などの花入から長く垂らしたものとして初釜の時に柳の枝が飾られる。

出典:

https://niiza-h.spec.ed.jp/blogs/blog_entries/view/218/9e7bf6d58ba6351945f0ef91c89ea54b?frame_id=192)

 

・やなぎ-の-まゆ 【柳の眉】

分類連語

①柳の若葉を眉にたとえていう語。「やなぎのまよ」とも。

出典枕草子 三月ばかり

「さかしらにやなぎのまゆのひろごりて春のおもてを伏(ふ)する宿かな」

[訳] (細い方がよいのに)おせっかいに眉のような柳の葉が広がっていて春の面目をつぶしてしまう家だなあ。

②美人の細く美しい眉。◇「柳眉(りうび)」の訓読。

(出典: https://kobun.weblio.jp/content/%E6%9F%B3%E3%81%AE%E7%9C%89

 

・「西欧文化における柳の研究―その1」( https://core.ac.uk/download/pdf/71795667.pdf

 

 

■補完資料_2「FURUIT」関連

・ザクロ

キリスト教では,ザクロは再生と不死に対する希望のシンボル。

「何千年にもわたって、近東から地中海西部に至るまで、ザクロは経済とさまざまな文化の象徴的な生活において重要な役割を果たしてきました。ザクロは、ブドウやイチジクと並んで、レバント、エーゲ、地中海社会の中心的な果物となり、再生と多産の共通のシンボルとなりました。ザクロはまた、神の手から王へと受け継がれる、力に関係する神聖な果物と考えられていました。フェニキア人とカルタゴ人は、果物とその近東の意味を西洋に伝え、同時にそれらをエーゲ海のアイデアと融合させる中心的な役割を果たしました。」

 

 ・レバントまたはレヴァント

東部地中海沿岸地方の歴史的な名称。厳密な定義はないが、広義にはトルコ、シリア、レバノン、イスラエル、エジプトを含む地域。現代ではやや狭く、シリア、レバノン、ヨルダン、イスラエルおよびパレスチナ自治区を含む地域を指すことが多い。

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