専鷗会

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専鷗会総会(11月17日)

2018.11.18

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 専攻科は、1955(昭和30)年に学園創立20周年記念事業として、知識や教養の向上のみならず、人間として、女性として基本的に持つべきものを育てるフィニシングスクールとして設立されました。800人以上の卒業生を世に送り出しましたが、時代の流れと共にその役割を終え、1995(平成7)年に最終募集、1997(平成9)年に42年間の歴史に幕を下ろしました。
 ただし、東京都に閉校の届け出を出したのは2005(平成17)年3月で、同時に専攻科の同窓会「専鷗会」が発足しました。その後、現在に至るまでさまざまな活動を活発に続けていて、学園祭の手作り小物販売やクリスマスグッズ手作り販売なども行っていただいています。

 昨日は、2年に一度の同窓会=総会の第7回目、お世話になった先生方や同窓生など、50人ほどが集まりました。最初に会長による開会の挨拶、理事長の音頭による乾杯の後、元校長で、専攻科の主事(校長)として、また専鷗会の活動に大きく貢献してくださった小林和子先生の満99歳、数えで100歳のお祝いをしました。その後、食事をしながら旧先生や同窓生から、専攻科の授業のこと、建物のこと、研修旅行のこと、中学1年生や高校1年生の山荘生活でのヘルパーのことなど、思い出話をたくさんうかがいました。最後に記念撮影、校歌斉唱でお開きになりました。2年後、また是非ここに集まった皆さんがそろって、さらに多くの同窓生と共に集まってくださることを願っています。

鷗友学園維持会企画音楽会「チェンバロリサイタル」

2017.02.18

放課後、ホールで鷗友学園維持会企画音楽会、水永牧子さんのチェンバロリサイタルがありました。
水永さんは鷗友の45回卒業生で桐朋学園の古楽器科卒業後、フライブルク音楽大学に留学、ドイツのチェンバロ・ソリストディプロマを取得、その後国内外の演奏会で活躍されているチェンバロ奏者です。
今日はバッハの「プレリュードハ長調」「メヌエットト長調」「ガヴォット」、などじっくりと聴かせる曲から情熱的な曲までさまざまな曲を演奏してくださいました。演奏の合間にはチェンバロについてや演奏曲の説明、鷗友に在学中の思い出トークなどがあり、楽しく和やかな時間が流れました。素敵な演奏をありがとうございました。

ホールには在校生、在校生保護者、ゆきわ会会員、親鷗会会員、専鷗会会員、維持会会員など多くの皆さんが聞きに来てくださいました。ありがとうございました。リサイタル終了後は学習室で水永さんを囲む会も催され、CDの販売の時には水永さんがサインをしてくださっていました。

鷗友学園維持会は鷗友学園女子中学高等学校の「慈愛と誠実と創造」の教育理念に賛同し、学園の教育活動の充実・発展を支援することを目的に2012年に誕生しました。会員は卒業生、保護者、教職員、地域の方達等が対象で、個人・団体のどちらでもご入会いただけます。これまでに鷗友学園在校生の東北学習指導支援や、今回のような維持会主催の音楽会開催などの活動をおこなってきました。これからも多くの方のご入会をお待ちしていますので、詳しくは鷗友学園維持会(03-3420-0136)までお問い合わせください。

専鷗会

2016.12.11

1.活動報告とお願い
(1)学園祭報告
今年度も1号館2階215教室に於いて『パン食堂』と『小物販売』を開催致しました。当日はお天気にも恵まれ仕入れたパンは終了時間を待たずに完売となりました。また、会員から寄せられた小物販売も好調で可愛いグッズは生徒や見学の小学生の皆様に好評でした。お手伝募集の葉書に依り応募の15名の会員の方々に参加頂きました。

(2)クリスマスグッズ販売
毎年、12月にクリスマスグッズ販売に参加致します。
これは、学校説明会へいらした受験生とお母様にお楽しみ頂くための販売です。

(3)総会について
専鷗会の総会は2年に1度(偶数年度)の開催となっており、次回は平成30年11月を予定しております。 詳細が決まりましたら、お知らせ致しますので、ご出席下さい。多くの会員の皆様のご出席をお待ち致しております。

(4)クリスマスグッズ販売品ご寄付のお願い  
学校見学の小学生と父母の方々、在校生を対象に年に1度クリスマス前にゆきわ会と共に学校のピロティでクリスマス販売をしております。販売する小物を毎年募っております。是非お送り下さい。
販売品例:クリスマスツリー、リース、オーナメント、クリスマス柄の小物等 (クリスマスをイメージさせる物であれば自由です。)

(5)学園祭小物ご寄付のお願い
学園祭の小物販売で販売するグッズをお送り下さい。
販売品例:携帯ストラップ、袋物、巾着、各種アクセサリー、陶器、タオル等 陶芸をされている会員が陶器を焼いてご寄付下さいます。また趣味の手芸を生かして残り布で袋物を作成してお送り下さる会員もいらっしゃいます。タオルセット等使わない物をお送り下さる会員もいらっしゃいます。皆様も何か思い付かれる物がございましたら、是非専鷗会の販売へお送り下さい。お待ちしております。

専鷗会への問い合わせ及び寄付品送付先
〒156-0051東京都世田谷区宮坂1-5-30 鷗友学園女子中学高等学校 内
専鷗会 会長 田村元子 宛
TEL:03-3420-0136
FAX:03-3420-8782 (学校事務室)

2.専鷗会の歴史
設立 鷗友学園専攻科閉校後、平成17年に学校公認の鷗友学園専攻科同窓会『専鷗会』を設立。

概要
名 称 専鷗会

役 員
会 長   田 村 元 子 (専1回生)
副会長   遠 藤 淑 子 (専5回生)
副会長   加 田 和 子 (専6回生)
総 務   柳 町 節 子 (専16回生)
総 務   大和久 和 江 (専26回生)
会 計   三 條 佐知枝 (専26回生)
会 計   大和久 幸 江 (専32回生)
会計監査  大須賀 愛 子 (専4回生)
会計監査  小 野 恭 子 (専4回生)

会員数  863名

所在地 東京都世田谷区宮坂1丁目5番30号

沿革
2005年 鷗友学園専攻科同窓会『専鷗会』を設立。
2005年 第1回 総会(設立総会)開催。
2005年 専攻科校章を専攻科のシンボルマークとし、オリジナルの『かもめブローチ』を製作。
2006年 『専鷗会』として学校創立記念日祝賀会へ出席。
2006年 学校承認を経て『かもめブローチ』の販売開始。
2006年 会報 第1号 発行。
2007年 『専鷗会』として学園祭へ『パン食堂』『小物販売』で参加。
2007年 『かもめブローチ』に加え『かもめネックレス』を製作し、販売開始。
2008年 専攻科メモリアルとして、石川記念館前に『しだれ桜』を寄贈。植樹祭を開催。
2008年 第2回 総会 開催。
2008年 『専鷗会』としてクリスマスグッズ販売会へ参加。
2010年 学校創立75周年記念誌へ専攻科の歴史を掲載。
2010年 第3回 総会 開催。
2012年 第4回 総会 開催。
2014年 第5回 総会 開催。
2016年 第6回 総会 開催。

3.鷗友学園専攻科とは
専攻科は昭和18年に設立され、一旦戦争で途絶えましたが昭和30年に学園創立20周年記念事業として、石川志づ校長先生により新たに設立されました。以降800人以上の卒業生を世に排出しましたが、時代の流れと共にその役割を終え、平成9年に42年間の歴史に幕を下ろしました。(正式閉校は平成17年3月)

専攻科はスイス等で良家の女子のために設けられるFinishing Schoolの様なもので、『一流の教師により一流の教養を身に付けさせねばならない』という理念の基に終始錚々たる講師陣を揃え、更に技能を伸ばしたい学生は研究科生として学び続けられる時代が続きました。戦前からあった女子専門学校が次々と女子短期大学になる中、短期大学への変更を検討した時期もありましたが、敷地や法的規制上の問題から困難であり、無理に短期大学にするよりは自由な構想で内容を更に充実させたいという結論に至って、以後独自の路線を歩み続けました。

年代ごとの歩み
昭和30年代
専攻科設立当初の昭和30年代の世の中は良妻賢母の時代であり、次の世代を担う命を育てる賢い母親になることの大切さを学び、高等学校教育の上に更に教養を高め、日常家庭社会に役立つ人間となることを目的としていたため、和裁、洋裁、調理実習(和・洋・中)、書道、美術史、法律、生活科学、繊維科学といった授業が取り入れられました。
第1回生は藤棚近くの洋作法室を使い9人で始まり、2学期からは当時としてはモダンな円形校舎が建ち、以降円形校舎が専攻科のシンボルとなり、その円形校舎で学園祭に第1回生が行ったあんかけ揚げ焼きそばの食堂は学園祭の開催が9月に変更される昭和60年代後半まで続き、『専攻科のやきそば』として学園祭の名物となって、多くの人々に親しまれました。 当時は1年制であったため、継続して学びたい学生は研究科生として在籍することが出来、多くの学生が1年卒業後も在籍して学びました。 また、卒業前には九州、四国、北陸等への修学旅行も行われました。

昭和40年代
40年代になると女性が社会進出する様になり、多くの女性が就職する様になりました。専攻科の学生も卒業後は大半の学生が就職を望む様になりました。 昭和42年からは専攻科は2年制となり、カリキュラムも就職に有利な内容を多く取り入れ、和裁、洋裁、調理実習という特色を持ちながら、英文タイプや語学、文学等が盛り込まれて、学外授業として裁判所、病院等の施設見学も行われました。 また、この頃軽井沢の山荘が完成し専攻科の学生はヘルパーとして実習する様になりました。

昭和50年代
50年代には卒業時に卒業論文を提出して卒業することが義務付けられ、論文指導が始まりました。卒業前には論文発表会が開かれ、その内容は論文集として纏められ、優秀な論文には優秀賞が与えられました。 今までの修学旅行が海外研修旅行となり、ハワイ、ヨーロッパ、カナダ等への研修旅行が行われました。また、国際関係論、フランス語、ドイツ語等グローバルな視点での授業がカリキュラムに盛り込まれる様になりました。
50年代終わりに専攻科のシンボルであった円形校舎が老朽化のため取り壊され 石川記念館に場所を移しての授業となりました。

昭和60年代から平成へ
昭和60年代になると、社会福祉やカウンセリングに関するカリキュラムが増え、平成に入ると、本校以外からの入学者数が本校からの入学者を上回る様になりました。 世の中にパソコンが出現する中、専攻科にもパソコンが導入され指導が行われる様になりました。またバブル崩壊後、介護、環境問題が叫ばれる様になり、カリキュラムにも環境問題や福祉、介護の授業が登場し、遂には、介護3級を取得して卒業することになりました。

おわりに
専攻科は昭和18年に設立され第2次世界大戦で一度は途絶えたものの、石川志づ校長先生のお力により昭和30年に新たなコンセプトで設立され、平成の世になるまで、その時代時代に求められる女子教育の在り方を追い求めました。それは知識や教養の向上のみならず、女性として基本的に持つべきものを育てるということであり、居ながらにして、しかも少人数で世の中の第一線でご活躍の先生方を講師に、幅広くその時代のニーズに合ったカリキュラムの基に学べたことは、卒業生にとって掛替えのない財産です。また、開校当初から続いた授業である調理実習、和洋裁は実技に止まらず、女性としての内面教育に大いに役立つものでありました。  専攻科は自由発想で捉われない気風の中、社会に出る前の大切な時期に人間として、また女性として、外面から内面から広く学べるという独自の路線を歩んだ素晴らしい学び舎でありました。

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